ヒア アフター [映画感想−は]
突き放すような救いのない結末、遠くからの視線、冷静な口調、
クリント・イーストウッドのこのところの監督作は、
そのほとんどが苦くリアルな語り口のものが多く、
昨年の『インビクタス』のようなストレートな”感動作"ですらも、
どこか収まらない怒りのようなものが最後まで底に潜んでいるように感じました。
そんなイーストウッドの新作が"スピリチュアルもの"と聞いた時は、
以前インタビューでいろんなタイプの作品を作りたいと発言していたのを知ってはいましたが、
またずいぶんな方向にチャレンジするものだなと、
期待と不安の入り交じったものを感じていました。
さて、どんなに辛口なスピリチュアルを見せるのか、それとも・・・?
フランス人ジャーナリストのマリー(セシル・ドゥ・フランス)は、
休暇先で津波に遭遇し臨死体験を経験します。
彼女はその時に見た光景を忘れることが出来ず、仕事中も上の空になるほどで、
共に旅したディレクターのディディエ(ティエリー・ヌーヴィック)の勧めで、
しばらく仕事から離れることにします。
イギリスに住む双子の兄弟、ジェイソンとマーカス(フランキー&ジョージ・マクラレン)は、
薬物依存症の母親(リンゼイ・マーシャル)と3人で暮らしていましたが、
ある日、事故で兄のジェイソンが亡くなってしまいます。
悲しみに暮れるマーカスは兄との再会を求めて霊能者捜しを始めます。
アメリカ人のジョージ(マット・デイモン)はかつて霊能者として知られた人物でしたが、
自分のその才能を嫌悪し、今は新たな生き方を模索していましたが・・・。
手放したい
死の淵を渡りかかった女性、双子の兄を事故で失った弟、
そして特別な能力に嫌気が差して、生き方を変えようとしている男。
この3人のエピソードが交互に語られ、やがて運命に導かれるように1つの場所へ引き寄せられます。
フランス、イギリス、アメリカとそれぞれに離れて暮らす3人がどのようにして出会うのか、
3人それぞれの描写を丁寧すぎるぐらい丁寧に描き、そうすることによって、
やがて来るその偶然の出会いが必然であると納得させられます。
随所に散りばめられた伏線、それらをきちんと回収し、
一見脇に逸れたようにみえるシーンもキチンと終幕へ向かうための要素だったとわかる上に、
そのわかった瞬間、それらを"運命だ"と言い換えても決して安っぽくならないところに、
イーストウッドの冷静で力強い演出力を強く感じさせられました。
マリーは臨死体験をしたことにより自分の中で何かが変わってしまいます。
自分が何であるのか、自分が見たものは何だったのかばかりを考えてしまい、
とても不安定な精神状態になってしまいます。
マーカスは双子の兄を失ったことでおそらく自分の身体の一部を失ったような、
まさに強い喪失感の中で暮らします。
この2人の不安定さ、何かが欠けてしまったことによるアンバランスさが、
映像にもどことなく滲み出し、悲しみと不安感は観ているこちらにも静かに伝わって来ます。
そしてジョージは逆に、人より余計な能力を持っていることにより、
やはりアンバランスな生き方をしていると言えます。
しかし彼がその能力を封印するということは、自分の存在意義を失うことでもある。
彼はそのポッカリ空いたスペースを埋めるかのように、肉体労働をし、料理教室に通う。
どうすればうまくバランスを取れるのか、3人は常にそれを求めて動き続けます。
知りたい
亡くなった人の声を聴くことでその欲求が満たされるのかどうかはわかりませんが、
身近な大切な人を亡くした時、自分の中の何かが欠けてしまうような出来事に遭遇した時、
どうすればそれが満たされるようになるのか。
ジョージの元を訪れ、彼の力に頼ろうとする人たちの気持ちは痛いほどわかります。
しかしジョージは、そうすることが本当に彼らの救いになるのかと、
おそらくずっと疑問に思っていたんじゃないかなと思うし、
だからこそ彼は自分の能力を捨てようとしたのではないかと思います。
それに何より、自分が引き受けてしまう負担は果てしなく重い。
自分の能力を人に知られた時の好奇の目や、純粋に人と付き合うことも出来ない苦労は、
料理学校で出会うメラニー(ブライス・ダラス・ハワード)との一件でもよくわかります。
彼の純粋な思いは、インチキ霊媒師を何人も登場させることでも強く印象づけられます。
そしてこの作品の面白さは、3人それぞれのエピソードの丁寧な描き方から一転、
3人が出会ってからのかなり早い話の展開、そして意外な結末へとつながることです。
今作は最後の最後に「え?」というインサートと終わり方を見せます。
これには正直言って戸惑ってしまったし、実際議論の的にもなっているようですが、
ここに来てようやく、今作のテーマが単にスピリチュアルということだけではないことに気付きます。
つまり、ジョージがマリーをブックフェアで初めて見かけた時の彼の視線と表情、
それは臨死体験をした女性を霊能力者であるジョージが見つけたと、いうことではなく、
(そもそもジョージは相手に触れず何かを感じることは出来ないのです)
要するに"一目惚れ"だった!という、これはシャマランもびっくりの大どんでん返し!
しかしこの展開によって今作が途端に愛すべき作品となり、
そのハッピーエンドぶりはたちまち喜びで満ちてしまうのでした。
会いたい
マット・デイモン演じるジョージの行動は最初から常に深刻なようでいて、
料理教室の様子や、後半普通に観光旅行を楽しんでいる様子にはどことなくユーモラスさがあり、
『グラン・トリノ』の前半、頑固爺さんの言動にも軽いユーモアが感じられましたが、
その雰囲気にも似ていて、このあたりはイーストウッドらしいなあと思いました。
そこに来てこのエンディング・・・これってマット・デイモンに萌える作品だったの?
と、思わず笑ってしまうような嬉しい驚き。
私は人の生死話には無条件に弱いし、元々霊的な話もキライではないので、
人が失った人を思うことからくる心の痛みを表す話には本当に弱くて、
今作もたびたび涙が溢れて仕方なかったのですが、
だからこそこのハッピーエンディングには何かホッとするものすら感じてしまうのでした。
マリーもマーカスもスピリチュアルな答えを求めながら、
結果的にジョージの霊能力そのもので救われると言うより、
このジョージの能力があったことにより互いに出会うことが出来て、
そして互いに心の空洞を埋めることが出来るようになる。
彼らがどうすることによって"救われる"のか。
心の空洞を埋めるのは失ってしまった誰かではなく、
未来に会うべくして会う誰かなのかも知れない、
本作の一番言いたいことはそういうことだったんじゃないかなと思いました。
ところで、ものすごく画期的な感想を書かれているブログを見つけたので、ご紹介します。
この方の説が正解かどうかはわかりませんが、何とも言えないものすごい説得力があるし、
この説を踏まえて、もう一度見直してみたいと思いました。
ああ、こういうのがあるから映画は面白いと思うし、
これが本当にイーストウッドの仕掛けたものだったら、やっぱりこの御大にはかなわない!
別の140字:#136 『ヒア アフター』って、こういうこと?
Hereafter(2010 アメリカ)
監督 クリント・イーストウッド
出演 マット・デイモン セシル・ドゥ・フランス
フランキー・マクラレン ジョージ・マクラレン
ジェイ・モーア ブライス・ダラス・ハワード マルト・ケラー
ティエリー・ヌーヴィック リンゼイ・マーシャル デレク・ジャコビ
クリント・イーストウッドのこのところの監督作は、
そのほとんどが苦くリアルな語り口のものが多く、
昨年の『インビクタス』のようなストレートな”感動作"ですらも、
どこか収まらない怒りのようなものが最後まで底に潜んでいるように感じました。
そんなイーストウッドの新作が"スピリチュアルもの"と聞いた時は、
以前インタビューでいろんなタイプの作品を作りたいと発言していたのを知ってはいましたが、
またずいぶんな方向にチャレンジするものだなと、
期待と不安の入り交じったものを感じていました。
さて、どんなに辛口なスピリチュアルを見せるのか、それとも・・・?
フランス人ジャーナリストのマリー(セシル・ドゥ・フランス)は、
休暇先で津波に遭遇し臨死体験を経験します。
彼女はその時に見た光景を忘れることが出来ず、仕事中も上の空になるほどで、
共に旅したディレクターのディディエ(ティエリー・ヌーヴィック)の勧めで、
しばらく仕事から離れることにします。
イギリスに住む双子の兄弟、ジェイソンとマーカス(フランキー&ジョージ・マクラレン)は、
薬物依存症の母親(リンゼイ・マーシャル)と3人で暮らしていましたが、
ある日、事故で兄のジェイソンが亡くなってしまいます。
悲しみに暮れるマーカスは兄との再会を求めて霊能者捜しを始めます。
アメリカ人のジョージ(マット・デイモン)はかつて霊能者として知られた人物でしたが、
自分のその才能を嫌悪し、今は新たな生き方を模索していましたが・・・。
手放したい
死の淵を渡りかかった女性、双子の兄を事故で失った弟、
そして特別な能力に嫌気が差して、生き方を変えようとしている男。
この3人のエピソードが交互に語られ、やがて運命に導かれるように1つの場所へ引き寄せられます。
フランス、イギリス、アメリカとそれぞれに離れて暮らす3人がどのようにして出会うのか、
3人それぞれの描写を丁寧すぎるぐらい丁寧に描き、そうすることによって、
やがて来るその偶然の出会いが必然であると納得させられます。
随所に散りばめられた伏線、それらをきちんと回収し、
一見脇に逸れたようにみえるシーンもキチンと終幕へ向かうための要素だったとわかる上に、
そのわかった瞬間、それらを"運命だ"と言い換えても決して安っぽくならないところに、
イーストウッドの冷静で力強い演出力を強く感じさせられました。
マリーは臨死体験をしたことにより自分の中で何かが変わってしまいます。
自分が何であるのか、自分が見たものは何だったのかばかりを考えてしまい、
とても不安定な精神状態になってしまいます。
マーカスは双子の兄を失ったことでおそらく自分の身体の一部を失ったような、
まさに強い喪失感の中で暮らします。
この2人の不安定さ、何かが欠けてしまったことによるアンバランスさが、
映像にもどことなく滲み出し、悲しみと不安感は観ているこちらにも静かに伝わって来ます。
そしてジョージは逆に、人より余計な能力を持っていることにより、
やはりアンバランスな生き方をしていると言えます。
しかし彼がその能力を封印するということは、自分の存在意義を失うことでもある。
彼はそのポッカリ空いたスペースを埋めるかのように、肉体労働をし、料理教室に通う。
どうすればうまくバランスを取れるのか、3人は常にそれを求めて動き続けます。
知りたい
亡くなった人の声を聴くことでその欲求が満たされるのかどうかはわかりませんが、
身近な大切な人を亡くした時、自分の中の何かが欠けてしまうような出来事に遭遇した時、
どうすればそれが満たされるようになるのか。
ジョージの元を訪れ、彼の力に頼ろうとする人たちの気持ちは痛いほどわかります。
しかしジョージは、そうすることが本当に彼らの救いになるのかと、
おそらくずっと疑問に思っていたんじゃないかなと思うし、
だからこそ彼は自分の能力を捨てようとしたのではないかと思います。
それに何より、自分が引き受けてしまう負担は果てしなく重い。
自分の能力を人に知られた時の好奇の目や、純粋に人と付き合うことも出来ない苦労は、
料理学校で出会うメラニー(ブライス・ダラス・ハワード)との一件でもよくわかります。
彼の純粋な思いは、インチキ霊媒師を何人も登場させることでも強く印象づけられます。
そしてこの作品の面白さは、3人それぞれのエピソードの丁寧な描き方から一転、
3人が出会ってからのかなり早い話の展開、そして意外な結末へとつながることです。
今作は最後の最後に「え?」というインサートと終わり方を見せます。
これには正直言って戸惑ってしまったし、実際議論の的にもなっているようですが、
ここに来てようやく、今作のテーマが単にスピリチュアルということだけではないことに気付きます。
つまり、ジョージがマリーをブックフェアで初めて見かけた時の彼の視線と表情、
それは臨死体験をした女性を霊能力者であるジョージが見つけたと、いうことではなく、
(そもそもジョージは相手に触れず何かを感じることは出来ないのです)
要するに"一目惚れ"だった!という、これはシャマランもびっくりの大どんでん返し!
しかしこの展開によって今作が途端に愛すべき作品となり、
そのハッピーエンドぶりはたちまち喜びで満ちてしまうのでした。
会いたい
マット・デイモン演じるジョージの行動は最初から常に深刻なようでいて、
料理教室の様子や、後半普通に観光旅行を楽しんでいる様子にはどことなくユーモラスさがあり、
『グラン・トリノ』の前半、頑固爺さんの言動にも軽いユーモアが感じられましたが、
その雰囲気にも似ていて、このあたりはイーストウッドらしいなあと思いました。
そこに来てこのエンディング・・・これってマット・デイモンに萌える作品だったの?
と、思わず笑ってしまうような嬉しい驚き。
私は人の生死話には無条件に弱いし、元々霊的な話もキライではないので、
人が失った人を思うことからくる心の痛みを表す話には本当に弱くて、
今作もたびたび涙が溢れて仕方なかったのですが、
だからこそこのハッピーエンディングには何かホッとするものすら感じてしまうのでした。
マリーもマーカスもスピリチュアルな答えを求めながら、
結果的にジョージの霊能力そのもので救われると言うより、
このジョージの能力があったことにより互いに出会うことが出来て、
そして互いに心の空洞を埋めることが出来るようになる。
彼らがどうすることによって"救われる"のか。
心の空洞を埋めるのは失ってしまった誰かではなく、
未来に会うべくして会う誰かなのかも知れない、
本作の一番言いたいことはそういうことだったんじゃないかなと思いました。
ところで、ものすごく画期的な感想を書かれているブログを見つけたので、ご紹介します。
この方の説が正解かどうかはわかりませんが、何とも言えないものすごい説得力があるし、
この説を踏まえて、もう一度見直してみたいと思いました。
ああ、こういうのがあるから映画は面白いと思うし、
これが本当にイーストウッドの仕掛けたものだったら、やっぱりこの御大にはかなわない!
別の140字:#136 『ヒア アフター』って、こういうこと?
Hereafter(2010 アメリカ)
監督 クリント・イーストウッド
出演 マット・デイモン セシル・ドゥ・フランス
フランキー・マクラレン ジョージ・マクラレン
ジェイ・モーア ブライス・ダラス・ハワード マルト・ケラー
ティエリー・ヌーヴィック リンゼイ・マーシャル デレク・ジャコビ
ヒア アフター ブルーレイ&DVDセット(2枚組)【初回限定生産】 [Blu-ray]
- 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
- メディア: Blu-ray
はじめまして。
過剰に寄り添うでもなく、冷徹に突き放すでもない、そんな距離感が好ましい映画だったなあと感じました。
エンディングのインサートカットには賛否あるようですが、これまでとは違う「始まりの予感」に思わず妄想を爆発させちゃったんでしょうね。
by chokusin (2011-03-07 21:58)
chokusinさん、こんにちは!こちらでは初めまして...でしたか?
いつもツイート拝見しております!
イーストウッドにはみんな強力な圧倒的傑作みたいなのを求めているのかなあと思います。
だからこういうのは不満が残っちゃうのかも知れませんね。テーマもテーマだし。
全体的にバランスが悪い感じもするし、説明不足(おそらく意図的)なところもあるし、
だから評価が分かれても仕方ないと思います。
でも、ホント愛おしい作品ですよ!
by dorothy (2011-03-08 00:23)
お久しぶりにおじゃまします。
自分的には結構衝撃の大きな映画でした。シネマハスラーでロマンチックという言葉を使ってましたが、まさにそんな感じだなーと思いました。双子のエピソードも涙ものでした。
確かにテーマはあれですが、でもこういうのって世間では割と普通の認識としてありますよね?信じるか否かは別として。
それに映画はどっちかというと生きてる人を応援するような内容ですし、なぜ「スピリチュアル」とかを持ってきて否定するのかちょっとわからないなーと思いました。
リンク先のブログ、、、スゴイですね(笑)
ほんと、映画って奥が深いですねえ。
by kysmyg (2011-03-08 19:44)
kysmygさん、こんにちは!全然お久しぶりな気がしませんがw
そうですね、これって生きてる人に大丈夫だよ!って言う話でしたよね。
「スピリチュアル」っていうだけでインチキとか胡散臭いとかシャマランとかw
そういうことでアタマから否定するのは違うと思います。
そんな風に思う人はあんまり人の生き死にとかの経験がないのかな?
勝手にリンクしてしまったブログ、この衝撃を一人でも多くの人に体験してもらいたくて!
これ読んで本当に自分の感想が一回飛んじゃったんですよね。
すごい意識しちゃって、影響受けてないように書くのが大変でした!
by dorothy (2011-03-09 00:09)