レスラー [映画感想−ら]
ダーレン・アロノフスキーのこれまでの作風とレスリングという題材がどう繋がるのか、
観るまでまったく想像できなかったのですが、
アロノフスキー印の感覚的、神秘的な雰囲気はまるっきりどこかへ行ってしまった、
映像もストーリーも直球の作品でした。
技巧を凝らしたようなところは皆無、ただただ真っ直ぐにキャストやストーリーを追い、
登場するレスラーたちはすべて本物、ドキュメンタリータッチとも言えるその作りは、
とても力強く、最初からぐいぐいと引き付けられてしまいました。
1980年代に一世を風靡した伝説のレスラー、
ランディ・"ザ・ラム"・ロビンソン(ミッキー・ローク)。
今も現役ながら活躍の場は週末の小さな会場での興業のみ。
平日はスーパーでバイトをし、トレーラーハウスに1人暮らしという孤独な生活を送っていました。
ある日、日頃の無理がたたり心臓発作を起こしてしまったランディは、ついに引退を考え始めます。
彼は馴染みのストリッパー、キャシディ(マリサ・トメイ)に心情を聞いてもらうと、
彼女はランディに家族に会ってみたら、と提案します。
ランディには長年疎遠になっているステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)という娘がおり、
彼は勇気を出して会いに行くことを決めますが・・・。
自分を生きる
冒頭から何度も登場するランディの背中を追い続けるカメラ。
当然彼の表情は見えないのですが、まさに背中がすべてを語る、という映像で、
そこに彼が背負い続けてきたものの多さ、重さがしっかりと見えるようです。
楽屋からリングへ向かうランディの背中。遠くに聞こえていた声援が徐々に近づいてきて、
その声援を送る人々の前に彼が姿を現すと、会場のボルテージは一気に上がります。
彼が何度となく経験して来た緊張感と高揚感。
そしてこの状況を、ランディがスーパーのデリ売場で仕事を始めることになった時に、
同じような演出で見せます
売場へ向かう彼の背中、そこに同じように遠くから声援が聞こえます。
プロレスを諦め新しい第一歩を踏み出すために、
彼なりに自分を奮い立たせようとしていたのかも知れません。
でも、カーテンの向こうにはリングも声援を送る観客もなく、
待っているのはハムや惣菜を求める客たち。
ここで彼が感じた失意はどれほどのものだったのか。
それでもランディはなんとかその状況を受け入れようと努力します。
おそらくこれまで家族も顧みず好きに生きてきたかも知れません。
でも彼はいいかげんな人間ではなく、基本的に真面目でまっすぐな人なのだろうな、と、
彼のバイトぶりを見ていると感じてしまいました。
結局このバイトの仕事は投げ出してしまうことにはなるのですが、
それは無責任とかいいかげんだからではなく、
自分にとって大事なものが何かわかってしまったから、なのです。
自分らしく生きる
娘となんとか和解しかかったのにつまらないことで台無しにしてしまったり、
キャシディとも想いが通じ合いそうで、しかし彼女にも彼女の人生があることがわかる。
ランディは何度も何度も挫折を繰り返しながら、
結局、自分が生きていく場所はリングの上にしかないと悟ります。
けれどそこに再び立つことは死をも意味する。
でもそれは"そこしかない"のではなく、”そここそがすべて”なのです。
そんな彼の生き方は、そんな場所を持たない私から見たら羨ましくすらありました。
世の大半の人は失敗したり、挫折を感じながら生きている。
でもそうなったら仕方なく別の生き方を探し、生き続けなくてはいけない。
でもランディには何かを犠牲にしても自分が輝ける場所を持っている、
それはものすごく幸福なことなんじゃないかなと思いました。
もちろん、何が幸福かなんて他人が決めることじゃないし、
ランディも進んで下した結論ではないかも知れません。
でも、身体がボロボロになっても、貧乏でも家族に恵まれなくても、
自分に向けて歓声が上がる場所、そこにいればどんな痛みも忘れさせる場所、
望んでも誰もが得られるわけじゃないそんな場所に立ち、自分の人生のけじめをつける。
こんなランディの生き方には単純に心打たれてしまいました。
一方、ストリッパーのキャシディの生き方もとても理解できます。
彼女もレスラーと同様にカラダ1つで生きている身。肉体の衰えは生活にかかってくるし、
その評価はチップや指名の数でハッキリとわかるシビアな世界に生きています。
彼女には養っていかなければならない子どもがいて、
生き方を変えなくてはいけない岐路に彼女も立っている。
ランディの気持ちはよくわかるし、受け入れたいけれどそうはいかない。
彼女がラストに見せた行動はものすごく理解できて、ものすごく身に染みました。
自分の場所に立つ
落ちぶれたレスラーと、演じるミッキー・ロークの実生活があまりにも似通っていて、
適役だとか、ロークあっての作品という評価も多いようですが、
決してそれだけの作品とは思えませんでした。
ミッキー・ロークの事情を知識として持っていれば、そう考えてしまうのは仕方ない。
アロノフスキー監督もそこを狙ってキャスティングしたんだと思います。
でも、当然ながら決してレスラーを演じるミッキー・ロークのドキュメンタリーにはなってないし、
彼だけじゃなく出演者全員が素晴らしい演技を見せています。
ほかのレスラーたちの"演技"もなかなかのものでした。
ランディと対戦相手が一緒にスーパーに"小道具"を買い出しに行くシーンは微笑ましくすらありました。
かつての栄光も今は昔、家族にも見捨てられ恋愛もうまくいかず・・・というストーリーは、
映画として特に目新しいものではなく、でも、そんなある種ベタな内容だからこそ、
それをリアルに描くことで、どこにもそれず真っ直ぐ心に響いたのだと思います。
登場人物たちの痛みや汗、身体の軋む音までがスクリーンを通してこちらに伝わってくるような、
まさに肉体派の映画であり、ぶつかり合う身体の中に潜む彼らの思いに偽りは感じられない。
痛いシーンが多くて何度も目をつぶってしまいましたが、それは彼らレスラーたちに対して失礼ですね。
ダーレン・アロノフスキーがこれからどんなものを見せてくれるかの期待も持たせてくれた、傑作。
The Wrestler(2008 アメリカ/フランス)
監督 ダーレン・アロノフスキー
出演 ミッキー・ローク マリサ・トメイ エヴァン・レイチェル・ウッド
観るまでまったく想像できなかったのですが、
アロノフスキー印の感覚的、神秘的な雰囲気はまるっきりどこかへ行ってしまった、
映像もストーリーも直球の作品でした。
技巧を凝らしたようなところは皆無、ただただ真っ直ぐにキャストやストーリーを追い、
登場するレスラーたちはすべて本物、ドキュメンタリータッチとも言えるその作りは、
とても力強く、最初からぐいぐいと引き付けられてしまいました。
1980年代に一世を風靡した伝説のレスラー、
ランディ・"ザ・ラム"・ロビンソン(ミッキー・ローク)。
今も現役ながら活躍の場は週末の小さな会場での興業のみ。
平日はスーパーでバイトをし、トレーラーハウスに1人暮らしという孤独な生活を送っていました。
ある日、日頃の無理がたたり心臓発作を起こしてしまったランディは、ついに引退を考え始めます。
彼は馴染みのストリッパー、キャシディ(マリサ・トメイ)に心情を聞いてもらうと、
彼女はランディに家族に会ってみたら、と提案します。
ランディには長年疎遠になっているステファニー(エヴァン・レイチェル・ウッド)という娘がおり、
彼は勇気を出して会いに行くことを決めますが・・・。
自分を生きる
冒頭から何度も登場するランディの背中を追い続けるカメラ。
当然彼の表情は見えないのですが、まさに背中がすべてを語る、という映像で、
そこに彼が背負い続けてきたものの多さ、重さがしっかりと見えるようです。
楽屋からリングへ向かうランディの背中。遠くに聞こえていた声援が徐々に近づいてきて、
その声援を送る人々の前に彼が姿を現すと、会場のボルテージは一気に上がります。
彼が何度となく経験して来た緊張感と高揚感。
そしてこの状況を、ランディがスーパーのデリ売場で仕事を始めることになった時に、
同じような演出で見せます
売場へ向かう彼の背中、そこに同じように遠くから声援が聞こえます。
プロレスを諦め新しい第一歩を踏み出すために、
彼なりに自分を奮い立たせようとしていたのかも知れません。
でも、カーテンの向こうにはリングも声援を送る観客もなく、
待っているのはハムや惣菜を求める客たち。
ここで彼が感じた失意はどれほどのものだったのか。
それでもランディはなんとかその状況を受け入れようと努力します。
おそらくこれまで家族も顧みず好きに生きてきたかも知れません。
でも彼はいいかげんな人間ではなく、基本的に真面目でまっすぐな人なのだろうな、と、
彼のバイトぶりを見ていると感じてしまいました。
結局このバイトの仕事は投げ出してしまうことにはなるのですが、
それは無責任とかいいかげんだからではなく、
自分にとって大事なものが何かわかってしまったから、なのです。
自分らしく生きる
娘となんとか和解しかかったのにつまらないことで台無しにしてしまったり、
キャシディとも想いが通じ合いそうで、しかし彼女にも彼女の人生があることがわかる。
ランディは何度も何度も挫折を繰り返しながら、
結局、自分が生きていく場所はリングの上にしかないと悟ります。
けれどそこに再び立つことは死をも意味する。
でもそれは"そこしかない"のではなく、”そここそがすべて”なのです。
そんな彼の生き方は、そんな場所を持たない私から見たら羨ましくすらありました。
世の大半の人は失敗したり、挫折を感じながら生きている。
でもそうなったら仕方なく別の生き方を探し、生き続けなくてはいけない。
でもランディには何かを犠牲にしても自分が輝ける場所を持っている、
それはものすごく幸福なことなんじゃないかなと思いました。
もちろん、何が幸福かなんて他人が決めることじゃないし、
ランディも進んで下した結論ではないかも知れません。
でも、身体がボロボロになっても、貧乏でも家族に恵まれなくても、
自分に向けて歓声が上がる場所、そこにいればどんな痛みも忘れさせる場所、
望んでも誰もが得られるわけじゃないそんな場所に立ち、自分の人生のけじめをつける。
こんなランディの生き方には単純に心打たれてしまいました。
一方、ストリッパーのキャシディの生き方もとても理解できます。
彼女もレスラーと同様にカラダ1つで生きている身。肉体の衰えは生活にかかってくるし、
その評価はチップや指名の数でハッキリとわかるシビアな世界に生きています。
彼女には養っていかなければならない子どもがいて、
生き方を変えなくてはいけない岐路に彼女も立っている。
ランディの気持ちはよくわかるし、受け入れたいけれどそうはいかない。
彼女がラストに見せた行動はものすごく理解できて、ものすごく身に染みました。
自分の場所に立つ
落ちぶれたレスラーと、演じるミッキー・ロークの実生活があまりにも似通っていて、
適役だとか、ロークあっての作品という評価も多いようですが、
決してそれだけの作品とは思えませんでした。
ミッキー・ロークの事情を知識として持っていれば、そう考えてしまうのは仕方ない。
アロノフスキー監督もそこを狙ってキャスティングしたんだと思います。
でも、当然ながら決してレスラーを演じるミッキー・ロークのドキュメンタリーにはなってないし、
彼だけじゃなく出演者全員が素晴らしい演技を見せています。
ほかのレスラーたちの"演技"もなかなかのものでした。
ランディと対戦相手が一緒にスーパーに"小道具"を買い出しに行くシーンは微笑ましくすらありました。
かつての栄光も今は昔、家族にも見捨てられ恋愛もうまくいかず・・・というストーリーは、
映画として特に目新しいものではなく、でも、そんなある種ベタな内容だからこそ、
それをリアルに描くことで、どこにもそれず真っ直ぐ心に響いたのだと思います。
登場人物たちの痛みや汗、身体の軋む音までがスクリーンを通してこちらに伝わってくるような、
まさに肉体派の映画であり、ぶつかり合う身体の中に潜む彼らの思いに偽りは感じられない。
痛いシーンが多くて何度も目をつぶってしまいましたが、それは彼らレスラーたちに対して失礼ですね。
ダーレン・アロノフスキーがこれからどんなものを見せてくれるかの期待も持たせてくれた、傑作。
The Wrestler(2008 アメリカ/フランス)
監督 ダーレン・アロノフスキー
出演 ミッキー・ローク マリサ・トメイ エヴァン・レイチェル・ウッド
タグ:映画
この映画も良いようですね。
これまた、チェックしておきます!
by ぷーちゃん (2009-07-25 11:41)
ぷーちゃんさん、こんにちは。
これは良いですよ。良いとしか言えないぐらい良い!
ぜひぜひご覧になってください。
by dorothy (2009-07-25 20:44)