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わたしを離さないで [映画感想−わ]

イギリス人作家、カズオ・イシグロのベストセラー小説の映画化。
実は今年前半、一番楽しみにしていた作品でした。


キャシー(キャリー・マリガン)、ルース(キーラ・ナイトレイ)、
そしてトミー(アンドリュー・ガーフィールド)の三人は、
イギリス郊外にあるヘールシャムという施設で育った幼なじみ。
ヘールシャムはある目的のために運営されていて、外界から完全に隔絶されており、
そこで暮らす子どもたちは厳しい健康管理を受けながら、
勉強や、絵や詩などを創造しながら暮らしていました。
やがて18歳になった三人はヘールシャムを出てコテージと呼ばれる施設に移り、
他の施設からやってきた仲間たちとともに共同生活を始めます。


neverletmego_1.jpg


原作ものの映画の常として、どうしてもオリジナルからのダイジェスト感が拭えず、
この作品もその点ではどことなく物足りなさを感じてしまいました。
観ている間、ここは、あそこは、とつい原作との比較ばかりしてしまって、
純粋に映画そのものを楽しむことが難しかった気もします。
省略、脚色、明らかな変更や新たに追加された事柄などがいくつもあって、
自分の中で一度完結した物語、それも大好きな作品が、
なんとなく形を変えてしまっているのを目にするのは、
やはりちょっと残念な気持ちになってしまうし、
その脚色が映画として新たな味付けになり、その結果、
別の作品として良いものになってくれていればそれはそれで大歓迎なのですが、
今回はどちらかというとそうはなってくれてなかったかも知れません。

全体にいくつもの点で説明不足を感じてしまったのですが、
それでも原作を読んでいる自分はそこは無意識に補填して観ていた気がします。
なので原作を知らない人からしたら、これはかなり「?」と思う点が多かったのではと思いました。
実際そういう人たちの感想を読むと、登場人物の心理が掴みにくかったようだし、
どうして彼らは自分たちの”使命"を素直に受け入れているのか、
というのを疑問に思っている人が多いように感じました。
また、原作ではあまりハッキリと"そのこと"について言及しているわけではなく、
読み進むうちになんとなくわかってくるという感じだったのですが、
映画では序盤で先生の口からハッキリと彼らの使命について語られるため、
ある程度の年齢になって急に知らされたという印象が強く、
あれでは確かに普通はみんな驚き戸惑うに決まっているし、
なぜ反発しない?と思ってしまうのも仕方ないと思いました。
おそらく彼らは生まれた時から外界と完全に遮断された世界で暮らし、
そう生きることを教育され、寄宿生活の中で自分たちの使命を教え込まれていたのだと思うし、
だからこそ彼らはそれを不思議に思うことなく受け入れていたんだと思います。
また、小説の作りとして"そのこと"が特別でない当然のものとして描かれているからこそ、
この物語が特別な、どこにもない世界観を生み出していたと思うので、
この脚色はちょっと違うんじゃないかなと思いました。


neverletmego_2.jpg


私が一番残念に思ったのは、タイトルにもなっている『わたしを離さないで(Never Let Me Go)』
という曲の入ったカセットテープのエピソード。
原作ではキャシーがテープをいつの間にかなくしてしまい、
ルースの"ポシブル"(字幕では"もしか"と訳されていました)探しの時に、
ノーフォークのお店でトミーがそのテープを探そうと言い出し、
実際そこでトミーが同じテープを見つけます。
そのことがあってキャシーとトミーの想いが一層深まる、という感じだったと思うんですが、
映画ではヘールシャムでの販売会でこのテープをトミーが見つけてキャシーにプレゼントする、
という風に変わってしまっていました。
トミーがくれたものだから、という別の意味合いは出来たかも知れませんが、
そのためノーフォークでのエピソードに物足りなさを感じたし、
そのルースのポシブル探し自体もサラッと流れてしまっていた気がします。
あの小旅行は三人の感情がいろいろ絡み合い、互いがどんな思いでいるのかが見えたりする、
重要なエピソードだったと思うのですが、あそこをもうちょっと丁寧に描いていれば、
何よりルースがどういう性格なのかも強く印象づけられたと思うので、
あそこの省略にはかなりがっかりしました。

全体にルースの描写が少なくて、幼い頃から彼女はなんとなくイヤな性格の少女で、
単にキャシーからトミーを奪ったような印象も受けてしまったのですが、
本当はいろんな出来事があって、キャシーとルースは対立することもたびたびあったけれど、
深いところでは強い友情で結ばれていて、だからこそ後にキャシーはルースの介護人になるのですが、
そのあたりも曖昧なので単にトミーをめぐる三角関係のような、
トミーがなんだか二人の間で煮え切らないヤツみたいにも見えてしまってました。
本当に愛し合うカップルには"猶予"が与えられる、というラインがあるとはいえ、
私はこの物語はあまり恋愛話に重きを置いたものではないと感じていたし、
・・・例えば原作では彼らのセックスに対する考え方はもっとドライ且つ生々しくて、
それはそのまま彼らの”生"に対する考え方にも繋がっていたと思うし、
人がいかに期限のある生を生きるか、ということがメインテーマだと思っていたので、
なんとなくラブストーリー寄りになってしまったのもちょっと残念に思いました。


neverletmego_3.jpg


・・・と、原作との比較と不満ばかり言ってしまいましたが、
それでも私はこの映画化されたものに心底がっかりしてしまったわけではなくて、
ここまで不満を言っておきながら矛盾しているようですが、
この作品が作られたことをとても嬉しく思っています。
映画の中のいくつかのシーンを何度も思い返しては、
それこそ思い出の品を思い出箱から取りだして眺めるような感覚で、
今も時々思い返しては溜息をついたり、暖かな気持ちになったりもしています。

何より、俳優たちの素晴らしさが思った以上で、
見事にキャラクターに命を吹き込んでくれていたと思います。
物語の語り部であり、すべてを悟っているかのような終始静かな眼差しで、
友と、そして自分の運命を受け入れて生きるキャシー役キャリー・マリガン。
彼女の冷静さがこの物語の異様さを際立たせ、また美しいものにしていると思いました。
トミー役のアンドリュー・ガーフィールドは、少年時代の子役の男の子の雰囲気も含めて、
原作よりおとなしく愛らしい少年に描かれすぎている気もしましたが、
要所要所で見せる迷いや戸惑い、感情をうまく表せない表情に何度も胸を突かれました。
そしてルース役のキーラ・ナイトレイは登場するたびに強い印象を残す演技で、
脚本上のルースの描写の弱さを補って余りあるものにしていて、
そのあたりは彼女の俳優としての安定感のようなものも感じました。
また、エミリ先生役のシャーロット・ランプリングも少ない出番ながら、
あの独特の冷たい瞳がまさに想像していたエミリ先生そのままでした。


neverletmego_4.jpg


そしてもうひとつ素晴らしかったのは、描かれる風景の美しさです。
ヘールシャムの静かな佇まい、コテージ周囲の森や田園風景、
ノーフォークの海岸や漁船の打ち上げられた浜辺など、どれもこれもが夢のように美しく、
そんな風景の中に立つ三人の姿は本当にちっぽけで頼りなげで、
彼らの儚い人生を軽々と飲み込んでしまうような残酷さも感じてしまいました。
キャストと映像の美しさ、この2点の素晴らしさが脚本の弱さを帳消しにしてくれて、
私にとっては、ずっと大切にしていきたい作品になったと思います。

このところ、人の生き死にについて考える機会が多く、
こんな風に方向が、そして期限が決められている人生とはどういうものなのか、
そんな人生なら自分はそれにどう向き合っていくのだろう、
また、不意に唐突に終わってしまう人生とは何が違うのだろう、
そんなことを考えてしまいました。
もちろん答えは絶対に見つけることは出来ないし、
むしろ、そんなことを考えながら生きることこそが人生なのかも知れない、
そんな風にも感じました。


Never Let Me Go(2010 イギリス/アメリカ)
監督 マーク・ロマネク
出演 キャリー・マリガン アンドリュー・ガーフィールド キーラ・ナイトレイ
   シャーロット・ランプリング サリー・ホーキンス リー・リシャール
   アンドレア・ライズボロー ドムナル・グリーソン イソベル・メイクル=スモール
   チャーリー・ロウ エラ・パーネル


映画をご覧になって原作未読の方にこそ、ぜひ読んで欲しいです。

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コメント 13

ぷーちゃん

dorothyさんの切り取られた写真から
何となく丁寧に作られた作品に感じました。
風景がきれいな事と原作が気になりました。
by ぷーちゃん (2011-04-14 21:35) 

dorothy

ぷーちゃんさん、こんにちは。
どちらかというと原作をオススメです。
キャリー・マリガンやキーラ・ナイトレイがお好きなら映画もオススメしますよ!
by dorothy (2011-04-16 03:56) 

don

今週みてきました。
記事に同感します^^
by don (2011-04-16 21:30) 

dorothy

donさん、ご訪問ありがとうございます。
グチっぽい記事にご賛同いただけてウレシイです。
by dorothy (2011-04-17 15:09) 

momoe

今日シャンテで観てきました。
震災や子供の臓器移植、キャンディーズのスーちゃんの
肉声でのメッセージなど、色々な事が現実に起こり
皆さん心が揺らいでいるからでしょうか、
最後は映画館のあちこちからすすり泣きが聞こえました。
by momoe (2011-04-26 22:31) 

dorothy

momoeさん、ご訪問ありがとうございます。
これまで想像していなかったようなことが次々に起こり、
映画を観ても、ついいろんなことを考えてしまいますね。
この作品では特に死についていろんなことを思ってしまいました。
by dorothy (2011-04-27 04:04) 

inuneko

ボクは原作が大好きな映画を観るときは、挿絵を幾つか手にいれるくらいの期待値低めで行くことにしています。レヴューを拝見して原作を読みたくなりました。
by inuneko (2011-07-15 16:55) 

dorothy

inunekoさん、こんにちは。

>挿絵を幾つか手にいれるくらいの期待値低め

なんて素敵な表現!
そうですね、どうしても逆に期待値を上げてしまうのが良くないとわかってはいるんですが。
原作未読でしたらぜひ読んでみてください!絶対に絶対にオススメです!

by dorothy (2011-07-15 22:54) 

inuneko

了解であります。
by inuneko (2011-07-17 10:50) 

しぇりー

DVDを最近観ました。原作と映画の違いについての不満、dorothyさんが的確に指摘され、全く同感です。ノーホークのテープ探しpossible
探し旅行は3人にとってとても重要です。その他こんなに感想が一致したのも珍しく嬉しくなりました。
by しぇりー (2011-10-19 09:10) 

dorothy

しぇりーさん、ご訪問ありがとうございます。
私も最近ソフトを購入し見直しました。
いろいろ不満点はありますが、それでも全体に流れている空気感のようなものがとても自分好みで、ずっと大事にしたい作品です。
by dorothy (2011-10-20 04:39) 

momo

こんばんは。原作にとても感銘を受けて映画を観に行くのを
躊躇しているうちに見逃していました。
今回DVDで観ましたが、dorothyさんが、皆さんもおっしゃっているように的確にすべてを表現されていてなんだかすっきりした気持ちです。

原作にとても思い入れがあったので、かなり物足りない気持ちを感じながらの鑑賞でしたが、同じように全体を流れる空気感は私もとても好きな感じです。
それでも、原作の衝撃と読後号泣してしまったほどの感動は、
映画ではありませんでしたが、むしろその淡々とした感じも
よかったなと思っています。長々おじゃまいたしました。
by momo (2011-10-23 02:19) 

dorothy

momoさん、ご訪問ありがとうございます。
原作ものの映画化は原作に思い入れがあると嬉しい反面観るのが怖いというのはありますね。
この映画化で良かったなと思うのは、ことさら感動とかお涙頂戴的になってないことです。
それは原作もそうだったし、全編通しての淡々とした雰囲気を壊すことなく作られていたと思いました。
by dorothy (2011-10-23 21:50) 

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