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扉をたたく人 [映画感想−た]

名脇役リチャード・ジェンキンス60歳になって初めての主演作。
そしてオスカー主演男優賞ノミネートの快挙!
彼の素晴らしい演技と"演奏"がたっぷり堪能できる良品。


大学教授ウォルター(リチャード・ジェンキンス}は、
妻を亡くして以来、孤独で無気力な毎日を送っていました。
ある日、彼は同僚の代理で渋々ニューヨークの学会に出席することになります。
長く訪れていなかった別宅のアパートに行くと、
そこには見知らぬ外国人のカップル、シリア出身のタレク(ハーズ・スレイマン)と、
セネガル出身のゼイナブ(ダナイ・グリラ)が住み着いていました。
彼らは不動産屋に騙されてこの家を紹介されたらしく、
事情を知ったウォルターは、彼らをしばらく家に居させることにします。


心は閉ざされたまま
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頑固で人付き合いも悪い。レポート提出の遅れた学生の言い訳にも耳を貸さない。
冷徹、無表情でかつ無気力そうでもあり、そして孤独さも漂わせ・・・と、
そんな、周りを寄せ付けないウォルターの様子は、
『あるスキャンダルの覚え書き』のジュディ・デンチを少し思い出させました。
彼がそうなってしまった理由は妻に先立たれたからなのか。
ピアニストだったらしい妻の残したピアノのレッスンを始めても、
ピアノ教師に素直に心を開けず、60を過ぎてからの手習いは実際なかなかうまくいかない。
そんな自分に苛立ちも感じているようで、しかしそんな感情も押し殺しています。

そんな彼が、しかし自分の家の不審者をなぜかあっさりと受け入れます。
そのことが、彼が根っから冷徹でも悪人でもないことを表しているようで、
人の不安定さ、不確実さや弱さのようなものも見せていると思いました。
そしてこんな出会いが人生を変える出来事へと発展していく。
もちろん、こんな風にうまくいくようなことばかりではないでしょう。
勝手に自分の家に住み着いていた外国人なんて、普通ならまず警察に突き出すだろうし。
でもそうしなかったことにこの映画の面白さがあります。


タレクにジャンベを教わる
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ウォルターはタレクの演奏するジャンベというアフリカの太鼓に興味を持ちます。
タレクからレッスンを受け、やがて公園でのセッションに参加するまでになり、
ウォルターの終始堅かった表情が少しずつ和らいでいきます。
本来の目的の学会もそっちのけでジャンベにのめり込んでいく様子は実に微笑ましい。
ウォルターのことを警戒していたゼイナブとも少しずつ心を通わせ始めるし、
このあたりを見ていると、人との出会いの素晴らしさをしみじみ感じさせ、
人種のるつぼ、ニューヨーク的だなとも思わせられます。

しかし、このあとそんなニューヨーク的光景の別の面も見せつけられます。
タレクはある誤解の元、ウォルターの目の前で逮捕され拘束されてしまいます。
ウォルターは仕事もそっちのけでタレクの釈放のために奔走。
弁護士を雇い、毎日面会に訪れる様子は前半のウォルターとはまるで別人です。
そしてそこに現れるタレクの母モーナ(ヒアム・アッバス)が、また彼の人生を動かします。
正直なところ、ウォルターとモーナの"恋愛"は必要だったのかどうか。
なんとなく好意を寄せる、ぐらいが個人的には好みだなと思いました。
でもこれはあくまでウォルターという男がどんな出会いをし、経験をし、
どう変わっていくか、そこがメインテーマ。
そんな1人の男の揺れる内面をリチャード・ジェンキンスが、
一見無表情そうでありながら、実は驚くほど豊かな表情で見せてくれている。
脚本は彼を想定して書かれたらしいですが、
まさに彼なくしてはありえなかった作品と言えそうです。


愛する人を待つ2人
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移民の国であるアメリカが911テロ以降その様子を少しずつ変えている、
そのことは劇中でもセリフとして語られますが、
それはやはり仕方のない事なのかも知れません。
またタレクたちはそもそも不法滞在者であり、それは当然違法であって、
タレクの逮捕は不当なことではありましたが、
結果、送還されてしまうのも仕方のないことなのだと思いました。
映画自体もそのことを強く糾弾するわけではなく、誰が良いとか悪いとか、
そういったことを決めつけようとするのではなくて、
何か強く問題提起をするのでもありません。
しかし、強く提起しないからこそ余計に登場人物の全員がおかれた立場に心が痛みます。
どうにもならない怒り・・・タレクの移送を知ったウォルターが、
拘置所で係員を前に感情を爆発させるくだりに、観ているこちらも同じように怒りを感じ、
それと同時に、ここまで感情を表すようになったウォルターの変化に、
心の中で拍手を送っていたりもしました。

タレクが望んでいた地下鉄ホームでのジャンベ演奏。
叶わなかった彼の夢を当然のようにウォルターが引き継ぐ。
人が人らしく生きることの大切さを意外な形で知ることになり、
そのことを表現するのにこのジャンベという楽器のプリミティブさはあまりにも適切。
地下鉄の騒音にかき消されながらも刻まれ続けるリズムに、
彼が乗せるのは怒りなのか、ようやく表せるようになった溢れる思いなのか。
とにかく・・・素晴らしいラスト、佳作です。


The Visitor(2007 アメリカ)
監督 トム・マッカーシー
出演 リチャード・ジェンキンス ハーズ・スレイマン ダナイ・グリラ ヒアム・アッバス 



扉をたたく人 [DVD]

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  • 出版社/メーカー: 東宝
  • メディア: DVD


タグ:映画
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whitered

こんばんは。あらすじを読ませていただいて、『グラン・トリノ』を思い出しました。頑なな老人の心をひらいたものは、何だったのでしょうね。良さそうな映画なので、機会があれば観たいです。
by whitered (2009-07-29 21:27) 

dorothy

whiteredさん、こんにちは。
確かに言われてみると『グラン・トリノ』に近い部分があるかも知れません。
ぜひご覧になってみてください。
by dorothy (2009-07-30 00:09) 

コッスン

すばらしい作品でしたね。
無力なんだ!
とうい生き場のない怒りは胸をうたれました
by コッスン (2009-07-30 00:54) 

dorothy

コッスンさん、こんにちは。
ウォルターが感情を表せるようになったことが何より素晴らしい。
派手さはないですが、心に染みるシーンがいくつもありました。
by dorothy (2009-07-30 01:49) 

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