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グラン・トリノ [映画感想−か]

『チェンジリング』の感動もまだ冷めないうちに、
クリント・イーストウッドの監督作がまた公開され、
また『ミリオンダラー・ベイビー』以来の俳優イーストウッドにも出会える幸せ。
数々の素晴らしいタイミングで生まれたこの作品を、
同時代に観られる幸運を今、噛みしめています。


妻を亡くし、1人隠居生活を送ることになったウォルト(クリント・イーストウッド)。
2人の息子やその家族とはうまくつきあえず、心を許すのは老犬デイジーのみ。
教会の神父(クリストファー・カーリー)はそんな彼の元を盛んに訪れ、
ウォルトの妻に頼まれたからと彼に懺悔を勧めますがウォルトは聞き入れません。
近頃は近隣にあらゆる国の移民住民が増え、そのことも彼を悩ませていました。
そんなウォルトの唯一の楽しみは、72年製フォード・グラン・トリノの手入れをすること。
しかしある日、隣家に住むラオスの少数民族モン族の少年タオ(ビー・ヴァン)が、
その愛車グラン・トリノを盗もうとウォルトの家に侵入します。
未遂に終わったその事件にはある事情があり、そのことをきっかけに、
ウォルトとタオ、タオの姉スー(アーニー・ハー)らとの新たな交流が始まります。


頑固オヤジ
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冒頭の妻の葬儀シーンから苦虫を何十匹も噛み潰したような顔をして、
子どもたち孫たち、神父らの言動1つ1つに低く唸り声をあげる、
頑固、偏狭を絵に描いたような老人ウォルト。
この映画がどんな方向へ向かうのかわからないでいる最初の時点では、
これがイーストウッド映画であるという意識も働くのかも知れませんが、
どちらかというと年齢層高めな客で埋め尽くされた劇場内は、
まだしんと静まりかえっていました。
ところが、無礼な身内や徐々に明らかになってくる彼の自宅周辺の状況、
それらすべてに対する彼のあからさまな悪態、罵倒、そして例の唸り声に、
次第に劇場内のあちこちから笑い声が上がり始めます。
アジア人ひとからげな言われ方はアジア人である身には気持ちよいものではありませんが、
無法者のギャングたちや不躾な孫たちの"近頃の若者と来たら・・・"な様子を見れば、
キッパリとした悪態の数々は次第に心地よくすら感じ始め、
「こんなジイサンどこにでもいるよなあ」と憎めない気持ちにもなってきます。
特にジョン・キャロル・リンチ演じるイタリア系床屋とのやり取りは本当にオカシイ。
タオを交えた3人のシーンはまるっきりコントのようだし、
こういう付き合い方が出来る人間関係の大切さをしっかり感じさせてくれます。


タオは生き方を教わる
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ウォルトがなぜここまで頑なであるのかは、単に彼が年寄りで、
また頑固な性格であるといった単純なことだけではなく、
長年心の奥底に秘めている思い・・・彼自身の朝鮮戦争での体験、
そのことに対する後悔、罪悪感から来るものであることが次第にわかってきます。
また息子たちとわかりあえないことの苦しみも十分に感じていて、
その上、彼の身体を病が冒し始めていることもわかってきます。
そんな彼の心に次第に入り込んで来る隣家の"異人種"たち。
同じアジア人である私が見ても十分に異文化なその暮らしぶりは、
ウォルトにはまったく理解できない世界だったでしょう。
しかし、そこには自分たちアメリカ人にも理解できる家族の在り方や、
男として、人としての生き方に共感する部分も多くあることを知り、
また逆に、そのまったくの異文化に対しても敬意を払うようになってきます。
妻を亡くし、閉ざした心のままで人生の終末を迎えようとしていた男が、
意外な隣人と心を通わせることになり、新たな人生を歩み始めるのです。

しかし、そんな新たに作られていく人間関係の一方で、
暗い影は彼らのすぐそばにあり、次第に大きくなっていきます。
最初はささいな小競り合い程度にしか見えなかった近隣のあらゆる人種間での抗争。
そして同郷同士でありながら理解し合えないタオと従兄弟たちとの関係。
彼らだけにとどまっている間は、関わり合いにならなければそれまでのことで、
何かあれば神父が言うように「警察を呼ぶ」ことである程度は回避されたようなこと。
ウォルトはそれでもその場に出くわしてしまうとライフルを掲げてしまい、
その鋭い眼光で睨みつければ、それだけでも最初のうちは十分効果はありました。
しかし、やがて大きな事件へと発展してしまった時、ウォルトは自分の進むべき道を確信します。
さて、ここでいつものイーストウッドのように、正義の名の下に鉄槌を下すのか?
そう、ウォルトは常にイーストウッドの過去のキャラクターらしさを感じさせていましたが、
最後には78歳という年相応で、かつ迷いも間違いもない方向へ踏み出すことを決め、
これ以外に考えられない決着の付け方を見せます。


スーはウォルトの心を溶かす
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人種問題、老人問題、親子の在り方、宗教観に人の生死という、
普遍的でもあるあらゆる問題を提示し、そこに昨今の自動車業界の不況や、
かつての輝きや人々の持っていた良心などを失ってしまったアメリカの現在をも映しだし、
それらをどれも漏らすことなく描き、笑いを起こすポイントも忘れていないという、
よくここまで盛りだくさんな内容をサラリと描き出せるなと、
改めてイーストウッドの監督としての素晴らしさを感じさせられました。
俳優の仕事には既に興味を失いかけていて、引退も匂わせていたイーストウッドが、
最初から彼をモデルにして書かれたかのようなこの脚本に出会い、
すぐに監督だけでなく、自らの出演も決めたそうで、
そんなあらゆるタイミングの良さも手伝いすべてが良い方向へ向かって、
当然のように素晴らしい作品に仕上がったのだと思います。
タイミング云々と言っても製作自体に一切妥協や手抜きは感じられません。
そのこだわりの最たるものとも言えるのは、モン族を演じる俳優を、
すべて本物の在米モン族の人たちの中から探し出し起用したという点。
普通ならハリウッドのアジア系俳優をかき集めて済ますところだと思うのですが、
主要キャストは当然だとしても、その他大勢である親戚や近隣の人まで徹底してキャスティングし、
作中でモン族についての説明もなされ、儀式や風習などもきちんと見せてくれます。

最後の出演作などと言わず、まだまだスクリーンに登場して欲しいですが、
ウォルトとイーストウッドはどうしても重なって見え、
この終わり方を見せられてしまうと、彼自身の俳優としての在り方にも、
キチンと決着を付けられたような気分になってしまいました。
ピカピカに磨き上げられたグラン・トリノが再び走り出す姿は、
過去に縛られていた老人が自ら付けた決着による心の解放と、
進むべき道を見つけられずにいた少年の明るい未来を乗せている・・・というような、
その素晴らしくわかりやすく明るいエンディングに、
(そして素晴らしく心に染みるジェイミー・カラムの歌声に!)
このクルマと、ウォルトとタオのここまでの道のりを思い、
ただただ胸が強く揺さぶられる思いでした。


Gran Torino(2008 アメリカ)
監督 クリント・イーストウッド
出演 クリント・イーストウッド クリストファー・カーリー ビー・ヴァン アーニー・ハー
   ブライアン・ヘイリー ジョン・キャロル・リンチ




タグ:映画
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ねじまきけんいち

僕はWOWWOWの試写会で観ました。個人的にイースウッドは好きなのですが今までに無く感動しました。とても良い内容の記事、素晴らしい映画感想です。敬服いたします。
by ねじまきけんいち (2009-04-28 04:42) 

堀越ヨッシー

こんにちは(^皿^)。
あーっ、dorothyさんのレビューを読みたいけど、ここはぐっと我慢して、映画を見てから改めて訪問しまっす。
by 堀越ヨッシー (2009-04-28 07:36) 

whitered

こんばんは。グラン・トリノは、私も見たい映画の一つです。また来ますね。
by whitered (2009-04-28 20:14) 

dorothy

ねじまきけんいちさん、こんにちは。
本当に終わってしばらく席が立てないぐらいの感動でした。
お褒めいただいて・・・素直にウレシイです。
どうもありがとうございました。

by dorothy (2009-04-28 22:59) 

dorothy

ヨッシーさん、こんにちは。
えっと、ぜひまたいらしてください。
ヨッシーさんの感想も期待してます!
by dorothy (2009-04-28 23:00) 

dorothy

whiteredさん、こんにちは。
whiteredさんの感想もぜひお聞きしたいです。
またいらしてくださいね。
by dorothy (2009-04-28 23:01) 

hash

こんばんは。
>彼をモデルにして書かれたかのような
俳優C・イーストウッドの集大成のような役柄で、尚且つ、アメリカの歴史を代弁しているかのようで、奥深いものがありました。
>同時代に観られる幸運
映画館で観られるのは幸せなことですね。
by hash (2009-05-03 01:20) 

dorothy

hashさん、こんにちは。
アメリカの良い部分、悪い部分を、
すべてイーストウッドが体現して見せたという感じでしたね。
新作が楽しみです。
by dorothy (2009-05-04 01:02) 

堀越ヨッシー

こんにちは(^皿^)
遅くなりましたが、見て来ましたよ「グラン・トリノ」。
非常に地味な作品ではありましたが、見応えは充分にありました。
暴力が連鎖していく現実。スーが巻き込まれる不幸な出来事について「俺の(暴力の)せいなのか?」と自身に怒るウォルトが、まるでイーストウッドが過去の自身の映画について「俺のスタイルは間違っていたのか?」と言っているようにも思え、ファンとしては複雑な気分でした。それでも、ハリー・キャラハンはオイラの永遠のヒーローですけどね!(^皿^)b。
エンディングテーマがすごく良かったので、サントラを買おうかな?と思ったら、売ってないみたいで、がっかりです...。
by 堀越ヨッシー (2009-05-18 08:02) 

dorothy

ヨッシーさん、こんにちは。
残念ながらサントラはないみたいですね。
MTVかなんかでPVを見た時にはCDシングルとなってた気がしたんですが、
調べたらiTunes Storeでの販売のみらしいです。
DL出来るようでしたらそちらで。1曲150円ナリです。
PVはYouTubeにありました。なかなか良くできてますよ。
http://www.youtube.com/watch?v=NoLc43YuuTw&feature=related

by dorothy (2009-05-19 00:21) 

jedioki

素晴らしい作品でしたね。
今年の私的ランキングのベスト1です。
by jedioki (2009-05-23 04:01) 

dorothy

jediokiさん、コメント& nice!ありがとうございます。
私も今のところ今年のべスト1です。
by dorothy (2009-05-24 02:27) 

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