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ラスト、コーション [映画感想−ら]

2時間40分という長尺や、連日満員という情報に、
公開時、何度もル・シネマの近くに行く機会がありながら観ることが叶わなかった作品。
ようやく鑑賞できました。


1938年、香港。女子大生ワン・チアチー(タン・ウェイ)は、
学友のクァン(ワン・リーホン)に劇団への入団を誘われます。
抗日運動をテーマに掲げる演目で見事に主役を務めたワンは、
クァンへの淡い恋心も手伝い、次第に実際の抗日活動に手を染め始めます。
彼らの標的となったのは、抗日組織弾圧を任務とする特務機関のリーダー、イー(トニー・レオン)。
ワンはうまく彼に近づくことができますが、暗殺計画は失敗。
そして3年後の上海。再びクァンにイー暗殺計画を持ちかけられたワンは・・・。


許されない関係
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ジェーン・オースティン作品からアメコミ、カウボーイの世界まで、
台湾人でありながら、その演出する幅の広さと奥深さに、
個人的に目が離せない監督であるアン・リー。
今作では香港と上海を舞台とし、中国人俳優を多く使っている点で、
原点回帰とも言えるのかもしれませんが、
許されない愛というテーマは彼の作品で一貫して描かれ続けているものであり、
しかも今作は愛など軽く超越してしまった、人間の奥の奥に潜む業のようなものを、
大胆かつ緻密な映像で滲み出させるような作品となっていました。

ミス・ワールド北京大会入賞者という経歴もあるそうですが、
それがちょっと信じられないぐらい、あまりに素朴な印象の、
主人公ワンを演じるタン・ウェイ。
演劇の世界に身を投じる前の化粧っ気ゼロのシーンなど、
本当に中国の素朴な田舎娘という印象なのですが、
ひとたびマイ夫人としてスパイ活動に入るために濃い化粧を施し、
髪をセットし、優雅なドレスに身を包むと、途端に別人のレディになる、
・・・かというとそんなことはなくて、やはりどこか垢抜けないまま。
ポスターなどで見る化粧した彼女が、私には常に安田美沙子を素朴にしたように見えていて、
映画の中ではそんなことはないのだろうと思ったら、やっぱりそんな雰囲気のまんま。
こんなことではすぐにイーにバレてしまうんじゃないかとヘンにドキドキしていたのですが、
劇中のワンは、持ち前の演技力で数々のピンチを乗り越えていきます。
この、常にどこか無理をしている雰囲気がかえってリアリティがあり、
この妙なリアリティこそ、彼女がキャスティングされた理由かとも思い、
その危うさゆえに、イーとの情愛の世界に溺れていくことの奥深さを一層印象づけたように思いました。


イーの苦しみは
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この作品を語る上で一番の話題であった性描写ですが、
スゴイスゴイという評判(?)のせいか、私にはそれほどスゴイとは思いませんでした。
確かに一般作品としては時間も長く、カメラワークも大胆で、
なによりトニー・レオンがここまでやるのかという驚きもありました。
けれどそれよりも、このセックスシーンの持つ意味があまりにも大きく、
おそらく、観るまで持っていた興味本位とか下世話な気分なんて、
見始めてしまうとあっさり覆される、
実に深い意味を持ったシーンであることがわかってしまうのです。
作品中のワンシーンとしての単なる演出といった程度のものではなく、
男女の愛情表現のひとつといったことでもなく、
この作品に於いては決して避けて通れるものではない、
このセックスシーンこそがすべてであると言えるかも知れません。
2人の表情、動き、駆け引き、息づかいのすべてが、
戦時中という異常な状況の中で、しかも命を狙う・狙われる関係という、
これまた異常な状態で結ばれている男女を表すこととして、
言葉で説明するより何倍も雄弁に語るシーンとなっているのです。

互いに騙し騙されながら、決して本心を見せない。
観ているこちら側も、果たしてこの時ワンはどういう気持ちなのか、
イーはワンの真意を見抜いているのかいないのか、
2人に恋愛感情は芽生えているのかいないのか・・・といったことが、
本当に最後の最後までわからない。
裸でベッドの上にいるという、人が一番無防備である状況で、
ワンもイーも、その状況にのめり込んでいるようで、そうではない。
常に相手の目を見続け、常に互いに自分が優位に立とうとする。
ワンがイーの拳銃に目が行ったと気づくと、イーはそれを遮ろうとし、
そうしたら今度はワンがイーの目を枕で押さえつける。
けれどそんな行為を繰り返し、相手に身を委ね、果てる瞬間こそ、
2人とも立場や目的をすべて忘れ、自分自身に戻ることができる。
特にイーにとっては、自分の任務の重圧から唯一解放される場所であり、
もしこの女に命を狙われても、それでもいいとすら思ったかも知れない。
そんないろんな感情を汲み取れる、実に深い深い意味を持ったシーンだと思いました。


ワンの人生を狂わせるクァン
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また、ワンをスパイへの道に引き込んでしまうクァンの、
情けなくも切ない様子、その描き方にも感心しました。
ハンサムでおそらく性格も良い。
けれど学生の甘さ青臭さのまま抗日活動にのめり込み、
結局ワンやほかの学生たちの人生を狂わせてしまうクァン。
違う時代であれば、ワンとクァンは幸せなカップルになれたはず。
けれど、クァンは恋愛より活動を優先させる。
では、クァンのワンに対する想いはそれほど深くなかったのかといえばそんなことはなく、
彼女を愛しているのに、どうすることもできない弱さ、そしてどうにもさせてくれない時代、
そんなことを、クァンの行動が表していると思いました。
ワンも、初体験の相手にすらなってくれないクァンに恨み辛みを言うでもない。
ワンの行動はクァンのためにすべてを投げ出したため・・・なんていう、
ありがちな甘い演出もしません。
このことも、最後までワンの気持ちがどこにあったのかをわからなくさせている、
大きな要素だと思いました。

そしてもう1人、イー夫人のジョアン・チェンの存在感もただならないものでした。
ジョアン・チェン、久しぶりに見ましたが相変わらずキレイ。
さすがにドッシリ感が加わっていましたが、
どこまで夫の仕事や夫とワンの関係を知っていたのかとか、
その匂わせ方、したたかな夫人ぶりは大したものでした。

とは言え、この作品はもう完全にトニー・レオンのもの。
ちょっとした動作でその任務の重圧や、冷徹さ、疲れ果てた様子などを表していて、
本当に見事な"悪人"ぶりでした。
ウォン・カーウァイ作品や『インファナル・アフェア』でのカッコ良さは期待できないけれど、
この疲れきった哀しい男をこれほど見事に演じられると、これはこれでシビレてしまいました。
日本料亭での、ワンの歌を聴き目頭を押さえ、拍手する仕草の切なさ。
トニー・レオン=切なさ、みたいな図式は昔から感じているものではありましたが、
そこに"中年の"という言葉が加わり、
それでもやっぱり私は胸をギューッと締め付けられてしまったのでした。


Se, jie / Lust, Caution(2007 アメリカ/中国/台湾/香港)
監督 アン・リー
出演 トニー・レオン タン・ウェイ ジョアン・チェン ワン・リーホン



ラスト、コーション スペシャルコレクターズエディション

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  • 出版社/メーカー: Victor Entertainment,Inc.(V)(D)
  • メディア: DVD



ラスト、コーション (Blu-ray Disc)

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タグ:映画
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コメント 4

ken

僕もこの作品はトニー・レオンの役者魂に感動しました。
そして、アン・リーの「愛」に対する信念も見た気がします。
この作品も、前作も、観客は心を裸にしなければ、観られない映画でした。
by ken (2008-11-27 02:46) 

dorothy

kenさん、コメント& nice!ありがとうございます。
>観客は心を裸にしなければ、観られない映画でした。
まったくそう思います。
観て何日も経つのに、まだ心に重く何かが残っている感じです。


by dorothy (2008-11-27 23:38) 

さんた

はじめまして。
ソネくじからお邪魔します。

映画大好きなので、時間をつくってブログ拝見に伺います。

by さんた (2008-11-30 14:53) 

dorothy

さんたさん、はじめまして。
拙い文章ばかりですが、ゆっくりしていってください。
コメント& nice!ありがとうございました。
by dorothy (2008-11-30 23:11) 

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