レオポルド・ブルームへの手紙 [映画感想−ら]
ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』に由来している、ということですが、
私の『ユリシーズ』体験は、今から10年ほど前に改訳版が発売になり、
意気込んで購入したものの、一巻目の途中で挫折。
本棚の端っこで、その立派な装丁の本が常にこちらを見つめ続けているので、
いつか再挑戦しよう、再挑戦しようと思いつつ・・・という情けない状況。
では『ユリシーズ』を読んだことがないとこの作品を理解できないかというと、
おそらくそういうことはないと思うのですが、
知っていたほうが、より深く堪能できるのかも知れません。
それでも私は、この美しい再生の物語を充分に味わうことができました。
殺人罪による15年の刑期を終えたスティーヴン(ジョセフ・ファインズ)。
ミシシッピ州の刑務所を出所した彼は、あるダイナーで働き始めます。
彼はレオポルド(デイヴィス・スウェット)という少年と服役中から手紙のやり取りをしていました。
出生時の不幸な出来事により、母親メアリー(エリザベス・シュー)の愛情を得られず、
孤独な日々を送るレオポルド。
スティーヴンはそんなレオポルドと会える日を待ち望んでいましたが・・・。
スティーヴンの再出発は
映画はレオポルドの成長していく過程と、
スティーヴンのダイナーでの日々が交互に描かれていきます。
ある日、学校の授業で誰かに手紙を書くことになったレオポルドが、
ミシシッピ刑務所の受刑者宛ての手紙を書くことから2人の"交流"が始まり、
徐々に互いの人生が近づいていくわけですが、
この2つのドラマの流れと交わりの描き方が実に巧みで美しい。
どこで2人は出会うのか、どういう風に2つのストーリーは絡んでいくのか。
かなり早い段階で、その"秘密"には気づかされますが、
そのことに気づくとなお一層、小道具や登場人物たちの言葉の端々など、
随所にちりばめられた、この2人を結びつけるヒントと言えるものが見えて来て、
謎解きのような期待感も持てます。
結婚・出産のために家庭に入り、自分のキャリアを犠牲にしてしまっていたメアリー。
それなりに幸せな家庭生活を送っていましたが、
ちょっとした行き違いから家庭は崩壊します。
ペンキ職人ライアン(ジャスティン・チャンバース)の出現、
夫ベン(ジェイク・ウェバー)とのあいだに生まれる誤解と諍い、そして別れ。
そしてレオポルドの誕生。
この時点で、彼女の人生は停止してしまうのです。
レオポルドの存在は彼女にとって「罪の烙印」でしかなくなってしまう。
レオポルドは「僕の人生は生まれる前から始まった」と手紙に綴りますが、
停止した母の人生と入れ替わるように、彼の人生は始まるのです。
一方スティーヴンはダイナーでの仕事で人生の再出発を始めます。
ダイナーの主人ヴィック(サム・シェパード)、
タチの悪い常連客であり店のオーナーでもあるホラス(デニス・ホッパー)、
ホラスに執着されているウエイトレスのキャロライン(デボラ・カーラ・アンガー)らの中で、
静かに淡々と働くスティーヴン。
楽しい日々とは言えませんが、彼にはここで働くしか道はありません。
孤独な少年、レオポルド
ジョセフ・ファインズがこんなに素晴らしいとは!
私は昔から彼がナインティナインの岡村クンに見えて仕方ないのですが(!)、
そんなことも途中から忘れさせてくれました。
胸の奥に抱えた深い悲しみ、絶望、そして見出す希望、
そんな感情の動きを、とてもとても静かな佇まいの中で表していました。
また、彼がデニス・ホッパー扮するホラスと絡む強烈なシーンがあるのですが、
この時の凄味といったら!完全にデニス・ホッパーが負けてます。
そうはいってもホッパーのイケスカナイ親父ぶりも相変わらず。
この役は彼以外に考えられないと言ってもいい。
普通ならここで"デニス・ホッパー風な役者"を考えるだけかも知れないのに、
そのまんまホッパーに依頼してOKが出た、みたいなことでしょうか。
一段と顔のしわが増えたサム・シェパードも、
頑固そうで、何か暗い過去を持っていそうな雰囲気で、まさに彼にピッタリの役。
ウエイトレスのキャロライン役のデボラ・カーラ・アンガーもスゴイ。
疲れきった表情、ホッパーとの大胆なシーンも彼女ならでは。
メアリーの妹役として登場するのはメアリー・スチュアート・マスターソン。
久しぶりに見ましたが、この役ももう少し知名度の低い女優さんでも充分な気がします。
とにかくこれ以上ないと言えるようなキャスティング。
よくこれだけの役者を集められたものだなと感心します。
メアリーの行いは罪なのか
そして、レオポルドの母メアリーを演じるエリザベス・シュー。
永遠に癒えることのないメアリーの罪の意識。
すべてを失ったままただ生きる18年。その18年後に知る真実。
哀れという言葉だけで片付けるにはあまりに哀しい母親役でした。
監督のメヒディ・ノロウジアンという人は、この作品の前に短編を一本撮っているだけで、
これが長編デビュー作とのこと。
エミリー・モーティマーの出演したこの短編『Killing Joe』はオスカー候補にもなった作品。
機会があれば、ぜひ観てみたいものです。
元はCM畑の人だそうで、そのせいもあってか映像の作り方にこだわりが感じられ、
抜けるような青空、降りしきる雨、
2つのストーリーを行き来するゆったりと流れるようなカメラワークなど、
映像表現の豊かさをとても感じました。
少年レオポルドを取り巻く環境・・・父親の不在、不幸な母親、乱暴者の男は、
そのままスティーヴンの置かれた状況・・・ダイナー主人、ウエイトレス、最低な客と、
それぞれに重なり合います。
スティーヴンはその環境を受け入れ、救い、立ち向かいます。
そして最後のチャプターを書き上げた彼は、
こうしてようやく、レオポルドに会う準備ができるわけです。
2人が”出会う"ことで、それぞれが過去と決別し、自分の人生を歩み始めることになる。
過去のあらゆる出来事は清算され、新たな人生がそこで始まります。
どこまでも広がる青空、豊かなミシシッピー川の流れ。
人は必ず自分自身の力でやり直すことができる。
そんな希望と美しさに満ちた作品。未見の方、機会があればぜひ。
Leo(2002 イギリス/アメリカ)
監督 メヒディ・ノロウジアン
出演 ジョセフ・ファインズ エリザベス・シュー ジャスティン・チェンバース サム・シェパード
デニス・ホッパー デボラ・カーラ・アンガー メアリー・スチュアート・マスターソン
ジェイク・ウェバー デイヴィス・スウェット
私の『ユリシーズ』体験は、今から10年ほど前に改訳版が発売になり、
意気込んで購入したものの、一巻目の途中で挫折。
本棚の端っこで、その立派な装丁の本が常にこちらを見つめ続けているので、
いつか再挑戦しよう、再挑戦しようと思いつつ・・・という情けない状況。
では『ユリシーズ』を読んだことがないとこの作品を理解できないかというと、
おそらくそういうことはないと思うのですが、
知っていたほうが、より深く堪能できるのかも知れません。
それでも私は、この美しい再生の物語を充分に味わうことができました。
殺人罪による15年の刑期を終えたスティーヴン(ジョセフ・ファインズ)。
ミシシッピ州の刑務所を出所した彼は、あるダイナーで働き始めます。
彼はレオポルド(デイヴィス・スウェット)という少年と服役中から手紙のやり取りをしていました。
出生時の不幸な出来事により、母親メアリー(エリザベス・シュー)の愛情を得られず、
孤独な日々を送るレオポルド。
スティーヴンはそんなレオポルドと会える日を待ち望んでいましたが・・・。
スティーヴンの再出発は
映画はレオポルドの成長していく過程と、
スティーヴンのダイナーでの日々が交互に描かれていきます。
ある日、学校の授業で誰かに手紙を書くことになったレオポルドが、
ミシシッピ刑務所の受刑者宛ての手紙を書くことから2人の"交流"が始まり、
徐々に互いの人生が近づいていくわけですが、
この2つのドラマの流れと交わりの描き方が実に巧みで美しい。
どこで2人は出会うのか、どういう風に2つのストーリーは絡んでいくのか。
かなり早い段階で、その"秘密"には気づかされますが、
そのことに気づくとなお一層、小道具や登場人物たちの言葉の端々など、
随所にちりばめられた、この2人を結びつけるヒントと言えるものが見えて来て、
謎解きのような期待感も持てます。
結婚・出産のために家庭に入り、自分のキャリアを犠牲にしてしまっていたメアリー。
それなりに幸せな家庭生活を送っていましたが、
ちょっとした行き違いから家庭は崩壊します。
ペンキ職人ライアン(ジャスティン・チャンバース)の出現、
夫ベン(ジェイク・ウェバー)とのあいだに生まれる誤解と諍い、そして別れ。
そしてレオポルドの誕生。
この時点で、彼女の人生は停止してしまうのです。
レオポルドの存在は彼女にとって「罪の烙印」でしかなくなってしまう。
レオポルドは「僕の人生は生まれる前から始まった」と手紙に綴りますが、
停止した母の人生と入れ替わるように、彼の人生は始まるのです。
一方スティーヴンはダイナーでの仕事で人生の再出発を始めます。
ダイナーの主人ヴィック(サム・シェパード)、
タチの悪い常連客であり店のオーナーでもあるホラス(デニス・ホッパー)、
ホラスに執着されているウエイトレスのキャロライン(デボラ・カーラ・アンガー)らの中で、
静かに淡々と働くスティーヴン。
楽しい日々とは言えませんが、彼にはここで働くしか道はありません。
孤独な少年、レオポルド
ジョセフ・ファインズがこんなに素晴らしいとは!
私は昔から彼がナインティナインの岡村クンに見えて仕方ないのですが(!)、
そんなことも途中から忘れさせてくれました。
胸の奥に抱えた深い悲しみ、絶望、そして見出す希望、
そんな感情の動きを、とてもとても静かな佇まいの中で表していました。
また、彼がデニス・ホッパー扮するホラスと絡む強烈なシーンがあるのですが、
この時の凄味といったら!完全にデニス・ホッパーが負けてます。
そうはいってもホッパーのイケスカナイ親父ぶりも相変わらず。
この役は彼以外に考えられないと言ってもいい。
普通ならここで"デニス・ホッパー風な役者"を考えるだけかも知れないのに、
そのまんまホッパーに依頼してOKが出た、みたいなことでしょうか。
一段と顔のしわが増えたサム・シェパードも、
頑固そうで、何か暗い過去を持っていそうな雰囲気で、まさに彼にピッタリの役。
ウエイトレスのキャロライン役のデボラ・カーラ・アンガーもスゴイ。
疲れきった表情、ホッパーとの大胆なシーンも彼女ならでは。
メアリーの妹役として登場するのはメアリー・スチュアート・マスターソン。
久しぶりに見ましたが、この役ももう少し知名度の低い女優さんでも充分な気がします。
とにかくこれ以上ないと言えるようなキャスティング。
よくこれだけの役者を集められたものだなと感心します。
メアリーの行いは罪なのか
そして、レオポルドの母メアリーを演じるエリザベス・シュー。
永遠に癒えることのないメアリーの罪の意識。
すべてを失ったままただ生きる18年。その18年後に知る真実。
哀れという言葉だけで片付けるにはあまりに哀しい母親役でした。
監督のメヒディ・ノロウジアンという人は、この作品の前に短編を一本撮っているだけで、
これが長編デビュー作とのこと。
エミリー・モーティマーの出演したこの短編『Killing Joe』はオスカー候補にもなった作品。
機会があれば、ぜひ観てみたいものです。
元はCM畑の人だそうで、そのせいもあってか映像の作り方にこだわりが感じられ、
抜けるような青空、降りしきる雨、
2つのストーリーを行き来するゆったりと流れるようなカメラワークなど、
映像表現の豊かさをとても感じました。
少年レオポルドを取り巻く環境・・・父親の不在、不幸な母親、乱暴者の男は、
そのままスティーヴンの置かれた状況・・・ダイナー主人、ウエイトレス、最低な客と、
それぞれに重なり合います。
スティーヴンはその環境を受け入れ、救い、立ち向かいます。
そして最後のチャプターを書き上げた彼は、
こうしてようやく、レオポルドに会う準備ができるわけです。
2人が”出会う"ことで、それぞれが過去と決別し、自分の人生を歩み始めることになる。
過去のあらゆる出来事は清算され、新たな人生がそこで始まります。
どこまでも広がる青空、豊かなミシシッピー川の流れ。
人は必ず自分自身の力でやり直すことができる。
そんな希望と美しさに満ちた作品。未見の方、機会があればぜひ。
Leo(2002 イギリス/アメリカ)
監督 メヒディ・ノロウジアン
出演 ジョセフ・ファインズ エリザベス・シュー ジャスティン・チェンバース サム・シェパード
デニス・ホッパー デボラ・カーラ・アンガー メアリー・スチュアート・マスターソン
ジェイク・ウェバー デイヴィス・スウェット
タグ:映画
コメント 0